にっひ

明日は始めての築地。中のほうまではいれるみたいなので楽しみ。
メモが間違えてこちらに流れてきているからだらだら付け足しとく。
脳髄が経験を記憶することができるなら、皮膚や顔や都市が歴史を記録できないわけない。手相や表情や音声、声、歌声、歌詞、あらゆるものが個人の経験であると共に時代であったり、以前の記憶の感触を受けており、その結果そのようにあるようになってしまう。どれだけ空中に都市が逃れたとしても地面がある。空気のような流動ですらある種の巨大な記憶媒体でありうる。自然の中に入ればそれは当然のように受け入れられるのに、都市に来れば途端に忘れ去られてしまう。自分達が築いているものが、自然の造詣と趣向は異にしながらも、あり方としてはほとんど同じように、寄り添うようにあることに。風化した都市が地層となっていつか発掘される姿は、それが都市であるが由縁に廃墟の先にしか見出せなくなる。そんなものでもなかろうに。そのような感じ。