眩暈


破壊。
その概念。
それだけで、潰れた国がある。
ある日、突然人々は目の前にあるものを壊し始めた。
最初は一人。二人と。次第にその数は増えていって。いつの間にか残った国民のほとんどがその概念に囚われていた。
その概念はゆっくりと人々の脳を犯した。
ある者は毎晩襲ってくる不眠の苦しみから徐に開放された。そしてその晩、隣りの部屋の住人を惨殺した。また、ある者は悟りを開いたと同時に自らの命を絶った。
彼らは自らが最も愛するものを真っ先に壊した。
そして順番に。自分が壊せるものを。理性的に。暴力的に。破滅的に。理知的に。絶望的に。自壊的に。破壊していった。
ある者は自分の妻と子供を犯した後、体中の皮を剥いで出血多量で殺した。ある者は相場を操って世界の経済を破壊した。ある者は最先端の技術データを永遠にデリートした。ある者は自らの信じる神を殺した。ある娘はまだ発達せぬ指で自分の母親を腹の中から心臓をえぐって殺した。
ただ、国民は目の前にあるものを壊した。それだけ。
それだけなのに彼らは醜く姿を変え、酷く臭いの息を吐くようになった。
その国は周囲の国によって滅ぼされた。一人残さず皆殺しにされた。
そして周囲の国は恐怖するようになった。
自らの国の民がそう、変化しないという保証の無い事を。